宇宙理論シリーズ Vol.53

宇宙の法則

人生を、採点するのをやめてみる。

――「まだ結果が出ていない」ではなく、「今を生きている」に目を向ける


はじめに

僕たちは、いつから人生に点数をつけ始めたのだろう

「今日は何ができるだろう?」

と考える。

それ自体は悪いことではない。

仕事をして、用事を済ませて、何かを達成する。

一日が終われば、

「今日はよく頑張った」
「今日は何もできなかった」

と、自分自身に点数をつける。

月末になれば、

「今月はイマイチだった」
「先月より進んだ」

一年が終われば、

「今年は成長できた」
「結局、何も変わらなかった」

そんなふうに人生を振り返る。

気づけば僕たちは、

人生というものを、ずっと採点している。

そして、点数が低いと不安になる。

「このままでいいのかな」

逆に、点数が高いと安心する。

「よし、順調だ」

でも、ここで少し立ち止まってみたい。

そもそも、誰が人生に点数をつけているんだろう?

そして、その点数は、本当に人生の価値を表しているのだろうか。


1.「うまくいっているか?」ばかり気にすると、人生が試験になる

何かを始めると、すぐに結果が気になる。

ブログを書けばアクセス数。

仕事なら売上。

人間関係なら相手の反応。

願いなら、現実に変化が起きたかどうか。

もちろん、結果を見ることは必要な場合もある。

でも、それが強くなりすぎると、

「今の自分は合格なのか?」

という感覚が生まれてくる。

すると、一日一日が試験になる。

アクセスが増えた。

「合格」

減った。

「不合格」

仕事がうまくいった。

「合格」

失敗した。

「不合格」

好きな人から連絡が来た。

「順調」

来なかった。

「何か間違っている」

これでは、心が休まらない。

人生は本来、毎日答案用紙を提出するものではない。

生きることそのものが、人生なのだから。


2.結果を見てから「自分は大丈夫」と思おうとすると、いつまでも安心できない

僕たちはよく、

「結果が出たら安心しよう」

と思う。

収入が増えたら安心する。

仕事が決まったら安心する。

アクセスが増えたら安心する。

願いが叶ったら安心する。

でも、その安心は意外と長続きしない。

一つ叶えば、次が気になる。

一つ結果が出れば、

「次も大丈夫かな?」

と心配になる。

つまり、

外側の結果を使って、自分の内側を安心させようとしている。

これでは、いつまでも「証拠」を探すことになる。

エイブラハムの教えでは、感情は自分がどのような状態にあるのかを知るための手がかりとして扱われる。

この視点に立つなら、

「現実がどうなったら安心できるか」

だけではなく、

「今の僕は、どんな気分でいるのか?」

に目を向けることができる。

結果を待ってから自分を安心させるのではない。

自分の状態を整えることを、結果の後回しにしない。

ここが大きな違いだと思う。


3.「進んでいない」と思う日は、本当に止まっているのだろうか

たとえば、一日中何も大きなことができなかった日がある。

仕事も普通。

特別な出来事もない。

新しいことも始まらない。

夜になって、

「今日は何も進まなかったな」

と思う。

でも、本当にそうだろうか。

もしかすると、その日は疲れを取るために必要だったのかもしれない。

何気なく見た動画が、後になって新しいアイデアにつながるかもしれない。

誰かとの何気ない会話が、数ヶ月後の決断につながるかもしれない。

あるいは、

何も起きなかったことそのものが必要だった

のかもしれない。

人生の変化は、いつも目に見える形で進むわけではない。

植物だって、地面から見えている部分だけが成長しているわけではない。

見えない土の中で、根を伸ばしている時間がある。

だから、

「今日、何を達成したか」だけで一日を採点しない。

見えないところで進んでいるものも、人生にはある。


4.バシャールの「ワクワク」は、人生の成績表ではない

バシャールの教えでよく知られているのが、

「その瞬間に最もワクワクする選択肢に従う」

という考え方だ。

ただし、ここで面白いのは、

「ワクワクすることを選べば、必ず成功する」

という単純な話ではないこと。

バシャールの公式な「Follow Your Excitement Formula」では、最もワクワクする選択肢を自分のできる範囲で行動に移しながら、特定の結果になることを要求しないことが示されている。

つまり、

「これをやったら成功するかな?」

ではなく、

「今の僕にとって、どちらがより自然に感じられるだろう?」

という見方ができる。

ここには、人生を採点する発想とは反対のものがある。

ワクワクは、

「正解を選んだ証明」ではない。

その瞬間の自分を知るための方向感覚だ。

だから、選んだ結果が思ったようにならなくても、

「僕の選択は間違いだった」

と即座に決めなくていい。

その選択によって、次の選択肢が見えてくることもあるからだ。


5.「成功したかどうか」より、「自分との関係はどうだったか」

これは、僕自身かなり大事な視点だと思っている。

何かをやった結果、

成功したか、失敗したか。

それだけで判断するのではなく、

もう一つ質問してみる。

「そのとき、僕は自分自身とどんな関係でいた?」

無理をし続けていたのか。

本当は嫌なのに我慢していたのか。

誰かに認めてもらうためだけに頑張っていたのか。

それとも、

「やってみたい」

という自分の気持ちを大切にしていたのか。

結果だけを見ると、成功している人でも、自分との関係が苦しくなっていることがある。

逆に、外から見れば大きな結果が出ていなくても、

「今の自分、結構いい感じだな」

と思える日もある。

人生の質は、結果の大きさだけでは測れない。

むしろ、

自分を置き去りにせずに歩けているか。

そこにも大きな価値がある。


6.人生の途中で「正解」を確認しなくてもいい

僕たちは、選択をするとすぐ答え合わせをしたくなる。

「この仕事でよかった?」
「この人と付き合ってよかった?」
「この道を選んで正解だった?」
「このまま続けて大丈夫?」

でも、人生の選択には、

その時点では正解かどうか分からないもの

がたくさんある。

むしろ、選んだ後に経験を重ねることで、その選択の意味が変わることもある。

Vol.52でも書いたように、人生には後になって意味が見えてくることがある。

だから、

「今の時点で正解かどうか分からない」

という状態を、もっと許していい。

バシャールの考え方でも、行動することと、結果を自分の思い通りに固定しようとすることは別に扱われている。

行動はする。
でも、答え合わせを急がない。

この感覚は、人生をかなり軽くしてくれる。


7.「昨日の自分」と競争しなくていい

もう一つ、人生を苦しくするものがある。

過去の自分との比較だ。

「去年はもっと頑張っていた」
「昔の方が元気だった」
「あの頃はもっとできた」

過去の自分をライバルにしてしまう。

でも、人間は毎日同じ条件では生きていない。

体調も違う。

環境も違う。

人間関係も違う。

考え方も違う。

だから、

昨日の自分より今日の自分が小さく見える日があってもいい。

大切なのは、

毎日、自己ベストを更新することではない。

今日の自分と、今日の人生をちゃんと生きること。

昨日より進んでいないように見える日にも、

「今日はこれでいい」

と言える余白を持つ。

その余白があるからこそ、また自然に動きたくなる日が来る。


8.「何も証明しなくていい」と思えたとき、行動が軽くなる

不思議なことに、

「結果を出さなければ」

と思っているときほど、行動が重くなる。

ブログを書いても、

「この記事でアクセスが増えるかな」

が気になる。

何かに挑戦しても、

「失敗したらどうしよう」

が先に出てくる。

人に話しかけても、

「どう思われるだろう」

と考える。

ところが、

「別に、今ここで何かを証明しなくてもいい」

と思ってみる。

すると、少し肩の力が抜ける。

そして、

「ちょっとやってみようかな」

が出てくる。

この小さな変化は大きい。

結果を出すために行動するのではなく、

今の自分から自然に出てくる行動を楽しむ。

その結果として、思いもしなかった展開が生まれることがある。

人生は、力んで扉をこじ開けるより、

「ちょっと押してみたら開いた」

ということの方が、案外多いのかもしれない。


9.人生には「採点不能」の時間が必要なのかもしれない

僕は、人生にはもっと、

採点できない時間

があっていいと思う。

何の役に立つか分からないことをする。

目的もなく散歩する。

好きな音楽を聴く。

ぼんやり空を見る。

誰かとくだらない話をする。

何となく興味を持ったことを調べる。

一見すると、何の成果にもならない。

でも、そういう時間の中で心が緩む。

そして、心が緩んだときに、

「あ、これやってみたい」

という感覚が戻ってくることがある。

エイブラハムの考え方で大切にされる「よりよく感じる方向へ」という発想も、人生を成果だけで評価しない視点につながる。

そしてバシャールの「ワクワクに従う」という考え方も、必ずしも大きな夢だけを指しているわけではない。

小さな興味、小さな喜び、小さな好奇心。

そこから次の一歩が始まることもある。

だから、

「何の意味があるんだろう?」

と聞かなくてもいい時間を、人生の中に残しておく。


10.まとめ――人生は、合格するものではなく、味わうもの

ここまで書いてきて、僕が一番伝えたいのは、

「人生を、必要以上に採点しなくていい」

ということだ。

結果が出た日もある。

出ない日もある。

前に進んだ日もある。

立ち止まった日もある。

自信がある日もある。

自信がなくなる日もある。

それでいい。

エイブラハムの考え方からは、結果だけではなく、今の自分がどんな状態にあるのかを見る視点を学べる。

バシャールの考え方からは、今この瞬間の自分にとって最も自然なワクワクを行動に移しながら、結果を無理に固定しないという姿勢を学べる。

どちらにも共通して感じられるのは、

「人生を外側の証拠だけで判断しない」

ということだ。

今日、何点だったか。

昨日より何点上がったか。

他人より何点低いか。

そんな採点表を、一度横に置いてみよう。

そして、

「今日の僕は、何を感じた?」
「何に心が動いた?」
「何を少し楽しめた?」
「どんな瞬間に、自分が自分でいられた?」

と問いかけてみる。

人生には、数字にならないものがたくさんある。

そして、もしかすると、

人生で本当に大切なものほど、点数にはできない。

だから今日は、合格しなくてもいい。

成長を証明しなくてもいい。

何かを達成できなくてもいい。

ただ、

今日という一日を、自分の人生として味わってみる。

その瞬間から、人生は「採点されるもの」から「生きるもの」へ戻っていく。


🌱 今日の一歩

今日は一つだけ、

「今日は何点だったかな?」

という採点をやめてみよう。

代わりに夜、こう問いかけてみる。

「今日、僕の心が少し動いた瞬間はどこだった?」

嬉しかったことでもいい。

美味しかったものでもいい。

誰かとの会話でもいい。

ふと気になったことでもいい。

「これ、ちょっと面白いな」と思った瞬間でもいい。

たった一つでいい。

それを見つけたら、

「今日は、それで十分。」

と、自分に言ってあげよう。

人生は、毎日100点を取るためにあるわけじゃない。

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