願いを、毎日確認しない。
「まだ叶っていない」と確かめるほど、意識は“今の不足”に戻ってしまう
はじめに
――願ったあと、何度も現実を確認していないだろうか?
願いがある。
「こうなったらいいな」
そう思って、心の中で未来を描く。
そして数日後。
ふと気になって現実を見る。
「まだ何も変わってないな」
さらに数日後。
「やっぱり何も起きてない」
そして、また確認する。
「いつになったら叶うんだろう?」
これ、誰にでもあると思う。
恋愛なら、
「まだ連絡が来ない」
仕事なら、
「まだ状況が変わらない」
お金なら、
「まだ収入が増えていない」
夢なら、
「まだ現実になっていない」
そして僕たちは、願いそのものよりも、
「願いが叶っている証拠があるかどうか」
を気にし始める。
でも、ここに一つ大きな落とし穴がある。
それは、
願いを持っている時間より、「まだ叶っていない」と確認している時間の方が長くなってしまうこと。
願いを放ったあと、何度も現実を確認する。
そのたびに、
「まだ」
という言葉を自分に返している。
もしかすると、願いを叶えることよりも、
願いが叶っていないことを確認すること
に意識を使ってしまっているのかもしれない。
1.「願うこと」と「願いを監視すること」は違う
これは、かなり大きな違いだと思う。
願うことは、
「こういう人生を経験してみたい」
と、自分の望む方向を知ること。
一方で、願いを監視することは、
「まだかな?」
「本当に近づいているかな?」
「何かサインは出ているかな?」
「いつ叶う?」
「昨日より進んだ?」
と、ずっと現実をチェックすること。
一見すると、どちらも「願いに意識を向けている」ように見える。
でも、心の状態はまったく違う。
前者には、
「楽しみ」
がある。
後者には、
「確認しなければ安心できない」
がある。
だから、願いを持つこと自体が問題なのではない。
問題になるのは、
願いが叶った証拠を探し続けることで、自分の心を不安定にしてしまうこと。
ここは、宇宙理論を実践するときに意外と見落としやすいところだと思う。
2.エイブラハムが教えてくれる「感情を見る」という視点
エイブラハムの公式サイトでは、感情は自分の「Source Energyとのアライメント」の状態を知るための指標として説明されている。
感情のスケールでは、喜び・愛・感謝などから、恐れ・悲しみ・無力感などまで幅広い状態が示されている。
ここで大切なのは、
「願いが叶っているか?」
だけを見るのではなく、
「願いについて考えているとき、僕はどんな気分になっているか?」
を見ることだと思う。
たとえば、
「いつか理想の仕事をしたい」
と考えてワクワクするなら、それは心が軽くなる方向。
ところが、
「まだ理想の仕事に就けていない」
「もう年齢的に遅いかもしれない」
「本当にできるのかな」
と考え始めて苦しくなるなら、願いそのものではなく、
願いと現在の現実との距離
を見ている。
同じ願いなのに、焦点が違う。
だからエイブラハム的な視点では、
願いを叶えることだけではなく、願いを考えたときの自分の感情にも注目する。
ここが非常に面白い。
3.「まだ叶っていない」は、事実なのか?
ここで、少し言葉遊びをしてみたい。
「まだ叶っていない」
という言葉。
本当に、ただの事実だろうか?
たとえば、
「独立したい」
と思っている人がいる。
今は会社員だ。
だから、
「まだ独立できていない」
と言える。
これは事実に見える。
でも同時に、
「独立に向けて準備している」
という事実もある。
「必要な知識を学んでいる」
という事実もある。
「新しい人と出会っている」
という事実もある。
「以前にはなかった選択肢が見えてきた」
ということもある。
つまり、
同じ現実を見ても、どこに焦点を合わせるかで、現在の意味は変わる。
もちろん、これは「現実を無視しよう」という話ではない。
銀行口座の残高を見ないことで、お金が増えるわけではない。
仕事の問題を見ないことで、問題が消えるわけでもない。
そうではなく、
「今の現実を確認すること」と「今の現実を、自分の未来の判定結果にすること」は違う。
ここを分ける。
4.バシャールの「結果への執着を手放す」は、諦めることではない
ここでバシャールの考え方が非常に分かりやすくつながる。
公式の「Follow Your Excitement Formula」では、
- その瞬間に最もワクワクするものに行動する
- 自分のできる限り行動する
- 特定の結果を要求・想定・期待して行動しない
- 何が起きても前向きな状態を選ぶ
- 自分の信念体系を見直す
という流れが示されている。
ここで誤解しやすいのが、
「結果を手放す=願いを諦める」
ではないということ。
むしろ逆だ。
願いがあるから行動する。
興味があるから動く。
ワクワクするからやってみる。
でも、
「絶対にこの形で叶わなければ意味がない」
とは決めない。
なぜなら、
自分が想像している願いの形と、実際にやってくる展開が同じとは限らないから。
これが、結果を固定しないという考え方の面白いところだ。
5.願いを握りしめすぎると、「願い」より「不足」が大きくなる
たとえば、好きな人と付き合いたいとする。
最初は、
「この人と一緒にいられたら楽しそうだな」
だった。
ところが、
「今日も連絡が来ない」
「SNSは更新しているのに」
「どうして返信がないんだろう」
「脈がないのかな」
と毎日確認する。
いつの間にか、
「一緒にいたら楽しそう」
ではなく、
「今、自分には相手がいない」
に意識が移っている。
願いは同じなのに、心の中で主役が変わっている。
これは恋愛だけではない。
お金でも仕事でも夢でも同じ。
「豊かになりたい」
から始まったのに、
「まだお金がない」
ばかり考える。
「自由に生きたい」
から始まったのに、
「今は自由じゃない」
ばかり考える。
「理想の人生を生きたい」
から始まったのに、
「今の人生は理想じゃない」
ばかり考える。
だから、
願いを持つことより、「願いがない現在」を監視することの方が、自分を苦しくする場合がある。
6.「サイン探し」も、やりすぎると苦しくなる
宇宙理論を好きな人ほど、ここは注意したい。
「111を見た!」
「ゾロ目が出た!」
「偶然あの人の名前を見た!」
「同じ言葉を何度も聞いた!」
シンクロニシティに気づくことは楽しい。
僕も、人生には「なんだか妙にタイミングが重なるな」と感じる瞬間があると思う。
でも、
「サインを見つけなければ前に進めない」
となると、少し違ってくる。
今度は、
「これはサイン?」
「これは宇宙からのメッセージ?」
「この数字には意味がある?」
と、現実をずっと監視するようになる。
バシャールの考え方では、シンクロニシティは人生の流れや自分との整合を示すものとして扱われる一方、まず自分のワクワクに沿って行動することが重視されている。
だから僕は、
サインを探すより、自分が今どこへ心を向けているのかを見る。
くらいでいいと思う。
サインは、
「来たら楽しむ」
くらいでいい。
探しに行くものではなく、気づくもの。
そう考えると、ずっと楽になる。
7.願いを手放すのではなく、「願いの番人」をやめる
ここが今回、一番伝えたいところだ。
願いを手放す必要はない。
夢を諦める必要もない。
「どうでもいい」と思う必要もない。
ただ、
願いの番人をやめる。
願いを毎日見張る。
叶ったか確認する。
進んでいるか確認する。
サインを探す。
期限を決める。
結果を採点する。
これを全部やめてみる。
そして、
「僕はこれが好きだ」
というところに戻る。
たとえば、
「いつかこんな場所で暮らしたい」
と思ったなら、
今できる範囲で、その暮らしに近い感覚を味わってみる。
「こんな仕事がしたい」
なら、その仕事について調べてみる。
「こんな人と出会いたい」
なら、自分が楽しめる場所へ行ってみる。
つまり、
願いを見張るのではなく、願いに似た方向へ今を生きる。
これなら、結果を追いかけなくても人生は動く。
8.「叶うまで待つ」のではなく、「叶っていなくても生きる」
ここで大きく視点を変えてみよう。
願いが叶うまで、
「まだ人生は始まっていない」
と思っていないだろうか。
理想の仕事に就くまで。
理想の相手に出会うまで。
お金が増えるまで。
夢が実現するまで。
健康になってから。
成功してから。
その先に「本当の人生」があると思ってしまう。
でも、未来の扉の前で待っている間にも、
今日という一日は過ぎていく。
だったら、
願いが叶っていない今も、自分の人生の本編にしてしまえばいい。
理想の仕事に就いていなくても、今日できる仕事を少し面白くしてみる。
理想の相手がいなくても、一人の時間を楽しむ。
夢がまだ実現していなくても、その夢に近づくこと自体を楽しむ。
これは「妥協」ではない。
むしろ、
「未来が完成するまで、現在を保留にしない」
という生き方だ。
9.宇宙は「願いを叶える自動販売機」ではない
僕はここで、宇宙理論を少し現実的に捉えたい。
願えば必ず叶う。
いい気分なら必ず欲しいものが来る。
ワクワクすれば必ず成功する。
――そう単純に考えてしまうと、かえって苦しくなる。
なぜなら、叶わなかったとき、
「僕の波動が悪かったのかな」
「信じ切れなかったからだ」
「執着してしまったからだ」
と、自分を責めることになるからだ。
これは宇宙理論の本来の面白さを狭くしてしまう。
エイブラハムやバシャールの考え方は、少なくとも公式に示されている内容を見ると、単純な「願えば結果が出る」という一行だけではない。
エイブラハムは感情をガイダンスとして扱い、バシャールはワクワクに沿った行動と、特定の結果への固執を分けている。
だから僕は、
「どうすれば宇宙を動かせるか?」
より、
「この宇宙観を使って、どうすればもっと自由に生きられるか?」
と考えたい。
宇宙理論は、人生を監視する新しいルールではない。
人生を少し軽くするための見方の一つ。
そう捉えると、ずっと自由になる。
10.まとめ
願いは、植えたら毎日掘り返さない。
今日の話を、最後に一つのイメージにしてみよう。
願いは、種に似ている。
「こうなったらいいな」
と思ったとき、その種を土に植える。
そして水をやる。
必要なことをする。
太陽の方向へ動く。
できることをやる。
でも、
「まだ芽が出てない!」
と言って、毎朝土を掘り返して確認したらどうなるだろう。
種が育つ時間を邪魔してしまう。
人生も、それに少し似ている。
願う。
行動する。
そして、
あとは生きる。
毎日、
「叶った?」
「まだ?」
「本当に?」
「いつ?」
と確認しなくてもいい。
バシャールが語るように、今この瞬間の自分にとって最もワクワクする方向へ行動しながら、特定の結果への固執を手放す。
エイブラハムの考え方のように、
「この願いについて考えている今、僕はどんな気分なんだろう?」
と自分の内側にも目を向ける。
そして、未来がまだ見えなくても、
今日を生きる。
すると不思議なことに、
「叶えること」に必死だった自分から、
「叶っていく人生を楽しんでいる自分」
へ、少しずつ変わっていく。
願いを手放す必要はない。
ただ、
願いを見張ることをやめる。
未来を監視するのをやめる。
「まだ叶っていない」という確認を、毎日の習慣にしない。
願いは、あなたの人生を縛る約束ではない。
これから行ってみたい方向を教えてくれる、心の羅針盤だ。
だから今日は、願いを一度空に放ってみよう。
そして、
「さて、今日は何を楽しもう?」
と、今に戻ってくる。
そこから始まる一日は、思っている以上に自由だ。
🌱 今日の一歩
今日、自分の願いについて、
「まだ叶っていないな」
と確認していることがあったら、一度だけやめてみよう。
そして、その願いを叶えるために何かをするのではなく、
「その願いを持っている僕が、今日ちょっと楽しめることは何だろう?」
と考えてみる。
たった一つでいい。
調べる。
歩く。
誰かと話す。
本を読む。
新しい場所へ行く。
好きなものを食べる。
何もしない。
それでもいい。
願いを追いかける一日ではなく、
願いを持ったまま、今日を楽しむ一日。
そんな一日を過ごしてみよう。


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